約束のフィールド開拓


 京都の釣具店で一から商いを学んでいる頃、今の師匠の永井誠一さんと知り合うことが出来ました。京都府若狭湾の開拓から始まり、PEラインの近海ジギングの可能性と拡大、そういったとまですべて永井さんについて、すべてを教えてもらいました。

 永井さんもこんな私に目をかけてくださり、ひとつひとつしっかりと教えて下さったものは、今でも私の大切な宝物となっています。

 大学生の頃からアルバイトとして釣具店にいて、どうしても関東のショップでも勉強してみたい、また自宅が鎌倉ということもあり、一心を決し、関東でやってみよう、そう決めたのが26歳のとき。自宅からの車で通勤できるところに、釣友である鈴木斉君や広瀬武夫さんが勤めていた、WILD-1に出店計画がある、ということを耳にしていたので、関西を離れることになったのです。

 そのときに永井誠一さんと重大な約束をして、こちらにきました。それは「ジギングのフィールドを開拓しろ」ということでした。当時関西ではPEラインでのベイトジギングが爆発的に人気を拡大していった頃。この人気を自分のフィールドとして、関東で開拓していけ、といわれたのでした。

 大変な約束でした。どうしよう?出来るのか?そんな不安が常にありましたが、それまで永井さんを見て、学んだとおりにやればいい。そう考えると、やる気がバリバリ出てきて、真鶴、東伊豆へと通うようになりました。

 今伊豆で人気のルアー船由五郎丸は、そんな感じではじまったルアー船です。鈴木国夫船長がいやいやながらも私のジギングに付き合ってくださり、鉛でブリやヒラマサが釣れることを、少しづつ理解してくれたのでした。

 まずジグで釣れること。魚がルアーをくわえていること。それを見せなければ、はじまらない。理解してもらうため、とにかくフィールドへ通い、そして一人、また一人とアングラーを増やしていきました。

 こうしてひとつフィールドが増え、私なりの開拓が一歩先に進み、次へとつながる一歩となったのです。どんどん前進あるのみ、さらにフィールドを広げて行きたいと思います。

 次はどこのフィールドで、「そんな鉛で魚が釣れるか〜!?」と言われるのであろうか??